蜀皇室

敬哀皇后・張皇后 劉禅の皇后となった、張飛の娘たち

敬哀けいあい皇后は劉禅の正室になった女性で、張飛の長女です。 母は夏候覇かこうはの従妹で、薪を取りに出ていたところを張飛が捕まえて、妻にしたという経緯がありました。 敬哀皇后は諡おくりなで、名は伝わっていません。 221年...

穆皇后(呉莧) 人相見に称賛され、劉備の正室となった女性

穆ぼく皇后は劉備の正室になった女性で、兗えん州の陳留郡の出身でした。 穆というのは諡おくりなで、姓名は呉莧ごかんといい、呉氏と呼ばれることもあります。 幼くして親を失い、兄の呉壱ごいつとともに孤児になりました。 父親が朝廷...

劉永 劉備の子として魯王になり、蜀の滅亡後も子孫が生き延びる

劉永りゅうえいは字あざなを公寿こうじゅといい、劉備の子です。 劉禅の異母弟であり、劉備が蜀の皇帝に即位した際に、魯ろ王になりました。 中国の王室では、一族を地方の王に封じ、藩国を作って王室の支えとする慣習がありました。 こ...

甘夫人(昭烈皇后) 劉備の側室で、劉禅の母となった女性

甘夫人かんふじんは、劉備の側室だった女性です。 豫よ州・沛はい国の出身で、劉備が豫州を統治し、小沛しょうはいを拠点としていた頃に側室になりました。 これは劉備が徐州や豫州を舞台として、曹操や呂布と抗争をしていた時期にあたります。...