kenjo@管理人

三国志

許褚 曹操の危機を何度も救った、虎痴の生涯

許褚きょちょは曹操に仕え、その身を守った武将です。 優れた武勇と直感力を備えており、暗殺を防いだり、馬超の襲撃から曹操を逃れさせたりと、何度も命の危機を救っています。 そして戦場でも活躍し、曹操に忠実だったので、厚遇を受けて将軍...
用語集

外戚とは 三国志では何進が該当

外戚がいせきとは、皇帝の母方の親族のことを言います。 古代中国では儒教の影響で、子は母親に強く敬意を払うべきだという思想が広まっており、皇帝の母親と、その親族たちが大きな権力を握ることが多くなりました。 特に、皇帝が即位した年齢...
用語集

諡・諡号とは 劉備や曹操の諡号はどのように定められたのか

諡おくりなは皇帝や高官が、死後に贈られる名前のことです。 「おくりな」という読みは「贈り名」から来ています。 たとえば三国志では、曹操は死後に武帝、劉備は昭烈しょうれつ帝と諡されています。 このような称号には、生前の人柄や...
用語集

列侯とは

列侯れっこうは漢の時代に、皇帝から臣下に与えられた爵位です。 漢では「二十等爵にじっとうしゃく」という、二十階級に分類された爵位の階級制度があったのですが、列侯はその最上位です。 もともとは徹てつ侯という名前だったのですが、前漢...
2019.02.15
用語集

関内侯とは

関内候かんだいこうは漢の時代に、皇帝から臣下に与えられていた爵位です。 前漢・後漢では二十もの爵位があり、低い等級のものは一般庶民にも与えられていました。 この制度を「二十等爵にじっとうしゃく」といいます。 これによって皇...
用語集

「馬氏の五常、白眉最も良し」とは

「馬氏の五常、白眉最も良し」は、三国志の中に登場する言葉です。 後漢の末期、荊けい州の襄陽じょうよう郡に馬姓の五人兄弟が住んでいました。 兄弟全員がいずれも秀才だったので称賛を受け、郷里ではこれをことわざにして「馬氏の五常、白眉...
用語集

天下三分の計とは

天下三分の計は、三国志において、諸葛亮が劉備に勧めた戦略案です。 207年頃、劉備は荊けい州を支配する劉表の客分となり、新野に駐屯していました。 劉備はやがて司馬徽しばきや徐庶に勧められ、臥龍がりょう(眠れる龍)と呼ばれる諸葛亮...
2019.02.15

甘寧 ヤクザの親分から呉の将軍へと登り詰めた男の生涯

甘寧かんねいは孫権に仕えて活躍した将軍です。 元は益州で役人をしていましたが、やがて無頼の徒を集めて頭領となり、好き放題をして暮らしていました。 その後、劉璋への反乱に参加しますが失敗し、荊けい州を経由して呉に移住し、孫権に仕官...
2019.02.15
用語集

功曹とは 三国志では龐統が就任

功曹こうそうは中国の官職で、漢代に設置されていました。 郡に所属する役人で、人事を担当し、官吏の採用や能力の査定などを行います。 現代で言えば、地方自治体の人事局長にあたる存在です。 郡の長官である太守は、地元との癒着を防...
戦い

赤壁の戦いで劉備と孫権が曹操に勝利できたワケ

赤壁せきへきの戦いは208年に、曹操と劉備・孫権連合軍の間で発生した大規模な戦闘です。 曹操は圧倒的な大軍を率いて揚州に押しよせ、孫権を降伏させようとしましたが、劉備と孫権は同盟を結び、これに抵抗しました。 そして孫権は重臣の周...
2019.02.09