古代

卑弥呼 邪馬台国を治めた女王 天皇家との関わりは

卑弥呼ひみこは『魏志倭人伝ぎしわじんでん』に登場する、古代日本に存在していた女王です。 邪馬台やまたい国の王で、周辺の諸国を束ねる地位についていました。 邪馬台国では、もともとは男子が王位についており、そうした時代が7〜80年ほ...
2019.12.13
三国志

曹真 諸葛亮の侵攻を抑えた魏の将軍

曹真そうしんは字を子丹したんといい、曹操の甥です。 父の曹邵しょうは忠誠心と才能を備えていたために、曹操から信任されていました。 やがて曹操が挙兵すると、曹邵は徒党を募ってつき従い、活躍します。 しかし豫よ州刺史ししの黃琬...
2019.11.28
三国志

曹休 呉との戦いで活躍した曹操の甥

曹休そうきゅうは字を文烈ぶんれつといい、曹操の甥です。 天下が動乱に見舞われると、曹氏の一族はばらばらになって郷里から立ち去りました。 曹休は十代で父を失い、食客とともに亡骸をかついで仮に埋葬をすると、年老いた母を連れて長江を渡...
三国志

袁紹 曹操と覇を競うも、官渡で敗れた名門の当主

袁紹えんしょうは後漢の末期において、黄河の北方に勢力を築いた人物です。 名門の出身で、若い頃から高官の地位につき、動乱が発生してからは反董卓軍の中心人物となりました。 その後は北方の四州を制し、諸侯の中で最大級の勢力を得ることに...

賈詡 張繡や曹操に仕えて活躍した智謀の士

賈詡かくは董卓、李傕、張繡ちょうしゅく、曹操らに仕えて活躍した軍師です。 人並み外れた智謀を備えており、その計略によって戦いを勝利に導き、情勢に大きな影響を与えています。 そして曹丕が曹操の後継ぎになる上で貢献したので、最終的に...
2019.10.29

張楊 大司馬にまでのしあがるも、部下に討たれた呂布の友人

張楊ちょうようは後漢の末期において、河内で勢力を築いた将軍です。 并へい州の出身で、呂布とも親しくしていました。 乱世の中で勢力を築き、やがて献帝を保護し、大司馬だいしばにまで立身します。 しかし仁愛が深い性格があだとなっ...

敬哀皇后・張皇后 劉禅の皇后となった、張飛の娘たち

敬哀けいあい皇后は劉禅の正室になった女性で、張飛の長女です。 母は夏候覇かこうはの従妹で、薪を取りに出ていたところを張飛が捕まえて、妻にしたという経緯がありました。 敬哀皇后は諡おくりなで、名は伝わっていません。 221年...

穆皇后(呉莧) 人相見に称賛され、劉備の正室となった女性

穆ぼく皇后は劉備の正室になった女性で、兗えん州の陳留郡の出身でした。 穆というのは諡おくりなで、姓名は呉莧ごかんといい、呉氏と呼ばれることもあります。 幼くして親を失い、兄の呉壱ごいつとともに孤児になりました。 父親が朝廷...

黄皓 劉禅に取り入り、蜀の滅亡を導いた宦官

黄皓こうこうは劉禅が成長するに従い、寵愛されるようになった宦官かんがんです。 宦官は去勢をした上で、皇族に仕える使用人で、身の周りの世話をするのがその仕事でした。 身近なところで接するため、皇族に親しまれて信頼され、やがては権力...

廖化 蜀の始まりから終わりまでを見届けた将軍

廖化りょうかは蜀に仕えた将軍です。 蜀の建国以前から関羽や劉備に仕えており、彼らの死後は、諸葛亮や姜維の元で戦いました。 長く活躍し続け、やがて右車騎将軍となり、蜀軍の重鎮にまで立身しています。 70才を超えて現役であり続...