三国志

張範 曹操と曹丕に尊重された無私の人

張範ちょうはんは字あざなを公儀こうぎといい、河内かだい郡脩武しゅうぶ県の出身です。 祖父の張歆きんは漢の司徒(財務や教育の大臣)で、父の張延えんは太尉(国防大臣)を務めました。 張範は名家の出であったと言えます。 やがて太傅たいふ(皇...

袁渙 呂布の脅しにも屈しなかった賢人

袁渙えんかんは劉備や袁術、呂布、そして曹操に仕えた人物です。 清廉な性格で賢く、それでいて勇敢でもあったので、曹操に重んじられました。 呂布に脅されても屈さず、正しい意見を述べて退けたことでも知られています。 この文章では、そんな袁渙...
三国志

王朗 博識で徳を備えた魏の宰相

王朗おうろうは曹操・曹丕・曹叡えいの三代に仕えた魏の宰相です。 博識で経典に通じており、徳を備えていたために重用されました。 たびたび政治や戦略に対する有益な提言をしており、魏の国策に影響をおよぼしています。 この文章では、そんな王朗...
三国志

華歆 清廉で徳を備えた魏の宰相

華歆かきんは曹操・曹丕・曹叡えいの三代に仕えた政治家です。 清廉な性格で、徳も備えていたので、魏が建国された際に三公(大臣)に任命され、信任を受けています。 病がちだったので、たびたび引退しようとしますが、そのたびに引き止められ、その結...
三国志

鍾繇 西方の抑えに活躍した魏の重臣

鍾繇しょうようは曹操・曹丕・曹叡えいに仕えて活躍した魏の重臣です。 西方の抑えにあたり、馬騰ばとうや韓遂かんすいを従え、反乱を鎮圧するなどして活躍しました。 行政や法務にも長けており、人格的にも秀でていたので、魏が建国されると、大臣に就...
古代ギリシャ

ソクラテスはどうして死刑になったのか

古代ギリシャの哲学者であるソクラテスは、死刑に処されてその生涯を終えた。 罪を問われた理由は ・アテネの国家が信じる神々とは、異なる神を信じた ・若者を堕落させた という二つの点だった。 私はこれを知って、この程度のことで、どうして...
太平洋戦争

どうして原爆は広島と長崎に投下されたのか

どうして原子爆弾は広島と長崎に投下され、20万人以上の一般市民が殺害されることになったのか。 この文章では原爆開発の経緯から、日本への投下、広島と長崎が標的にされたことの理由などについて記している。 原爆開発プロジェクト「マンハッタン計画...
三国志

衛臻 父の遺徳を受け、立身した魏の賢臣

衛臻えいしんは字あざなを公振こうしんといい、陳留ちんりゅう郡襄邑じょうゆう県の出身です。 父の衛茲じは立派な節義を備えており、三公(大臣)としての招聘を受けませんでした。 曹操が初めて陳留を訪れた際、衛茲は「天下を平定するのは、必ずこの...
三国志

徐宣 忠義と誠実さを評価された魏の文官

徐宣じょせんは字あざなを宝堅ほうけんといい、徐州の広陵郡海西かいせい県の出身です。 乱を避けて江東に避難しましたが、孫策からの任命を断り、本郡に戻ります。 それから、やがて同郷の陳矯ちんきょうと並んで綱紀になります。 二人は等しく名声...
三国志

陳矯 曹操に高く評価され、曹丕の即位を押し進めた魏の重臣

陳矯ちんきょうは明晰さと果断さを備えた魏の臣下です。 曹操に高く評価され、曹丕が曹操の後を継ぐに際し、手早く対応することで、国家が分裂する危機を回避しました。 このために重臣となり、二代皇帝の曹叡えいに対してもその誤りを指摘し、率直に意...