黄皓 劉禅に取り入り、蜀の滅亡を導いた宦官

黄皓こうこうは劉禅が成長するに従い、寵愛されるようになった宦官かんがんです。 宦官は去勢をした上で、皇族に仕える使用人で、身の周りの世話をするのがその仕事でした。 身近なところで接するため、皇族に親しまれて信頼され、やがては権力...

廖化 蜀の始まりから終わりまでを見届けた将軍

廖化りょうかは蜀に仕えた将軍です。 蜀の建国以前から関羽や劉備に仕えており、彼らの死後は、諸葛亮や姜維の元で戦いました。 長く活躍し続け、やがて右車騎将軍となり、蜀軍の重鎮にまで立身しています。 70才を超えて現役であり続...
2021.05.27

諸葛瞻 父には劣るも、忠節は尽くした諸葛亮の子

諸葛瞻しょかつせんは字あざなを思遠しえんといい、蜀の丞相・諸葛亮の子です。 227年に誕生しました。 諸葛亮は諸葛瞻が生まれた頃から、魏を打倒するための北伐を実施していました。 そして234年には、五丈原に出陣します。 ...
2021.05.27

劉永 劉備の子として魯王になり、蜀の滅亡後も子孫が生き延びる

劉永りゅうえいは字あざなを公寿こうじゅといい、劉備の子です。 劉禅の異母弟であり、劉備が蜀の皇帝に即位した際に、魯ろ王になりました。 中国の王室では、一族を地方の王に封じ、藩国を作って王室の支えとする慣習がありました。 こ...
用語集

「死せる孔明、生ける仲達を走らす」とは

「死せる孔明、生ける仲達ちゅうたつを走らす」とは、三国志の中で語られている言葉です。 「孔明」は諸葛亮、「仲達」は司馬懿しばいの字あざなで、両者の間に起きた出来事から、この言葉が生まれました。 以下の文章で、その経緯と意味を紹介...

徐庶 劉備に諸葛亮を紹介するも、母を捕らえられ曹操に仕える

徐庶じょしょは諸葛亮の友人で、劉備に彼を引き合わせた人物です。 もとは剣を振り回す無法者でしたが、やがて心を入れ替え、学問に励むようになります。 そして学友を得て荊けい州に移ると、やがて諸葛亮とも親しくなりました。 それか...
2019.09.07

甘夫人(昭烈皇后) 劉備の側室で、劉禅の母となった女性

甘夫人かんふじんは、劉備の側室だった女性です。 豫よ州・沛はい国の出身で、劉備が豫州を統治し、小沛しょうはいを拠点としていた頃に側室になりました。 これは劉備が徐州や豫州を舞台として、曹操や呂布と抗争をしていた時期にあたります。...

諸葛亮孔明 漢王朝の復興を目指し、魏に戦いを挑んだ蜀の宰相

諸葛亮しょかつりょうは三顧の礼によって劉備に仕え、蜀の宰相となった人物です。 劉備の死後は蜀の全権を委ねられ、漢王朝を復興させるために力を尽くしました。 諸葛亮は蜀の内政を整え、軍を整備し、強大な魏の討伐に挑みます。 しか...
2021.05.27

劉禅 趙雲に救われて蜀の皇帝となるも、やがて滅亡に導く

劉禅りゅうぜんは劉備の後を継ぎ、蜀の二代目の皇帝となった人物です。 諸葛亮ら、優れた宰相たちが統治していた時期には、問題なく蜀を保っていました。 しかし、やがて政治がわからない宦官かんがんを重用するようになり、国を傾け始めます。...
2021.05.27

劉備玄徳 関羽や張飛とともに漢の復興を目指した、三国志の英傑

劉備りゅうびは後漢末期の戦乱の中で、強力な兵団を形成し、蜀の皇帝にまでなった人物です。 人を引きつける魅力に優れており、関羽や張飛、諸葛亮たちとともに、漢の復興を目指して戦いました。 そして帝位の簒奪さんだつをもくろむ曹操と対立...
2021.05.27