三国志

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国淵 屯田を成功させ、曹操から重用された人物

国淵こくえんは曹操に仕え、内政面で活躍した人物です。戦乱が起きると遼東に避難し、そこでも学問に励んだことで名声を得ました。やがて曹操に招聘され、屯田の発展に力を尽くし、反乱の鎮圧なども行っています。有能な上に清廉だったので、やがて大臣の位に...
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涼茂 節義を備え、公孫度を諭した魏の高官

涼茂りょうぼうは字あざなを伯方はくほうといい、山陽さんよう郡昌邑しょうゆう県の出身です。若いころから学問を好み、議論をする際にはいつも経典を根拠とし、それによって物事の判断をしました。曹操に招聘されて司空掾えん(大臣の属官)となり、成績が優...
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張範 曹操と曹丕に尊重された無私の人

張範ちょうはんは字あざなを公儀こうぎといい、河内かだい郡脩武しゅうぶ県の出身です。祖父の張歆きんは漢の司徒(財務や教育の大臣)で、父の張延えんは太尉(国防大臣)を務めました。張範は名家の出であったと言えます。やがて太傅たいふ(皇帝の師)の地...

袁渙 呂布の脅しにも屈しなかった賢人

袁渙えんかんは劉備や袁術、呂布、そして曹操に仕えた人物です。清廉な性格で賢く、それでいて勇敢でもあったので、曹操に重んじられました。呂布に脅されても屈さず、正しい意見を述べて退けたことでも知られています。この文章では、そんな袁渙について書い...
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王朗 博識で徳を備えた魏の宰相

王朗おうろうは曹操・曹丕・曹叡えいの三代に仕えた魏の宰相です。博識で経典に通じており、徳を備えていたために重用されました。たびたび政治や戦略に対する有益な提言をしており、魏の国策に影響をおよぼしています。この文章では、そんな王朗について書い...
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華歆 清廉で徳を備えた魏の宰相

華歆かきんは曹操・曹丕・曹叡えいの三代に仕えた政治家です。清廉な性格で、徳も備えていたので、魏が建国された際に三公(大臣)に任命され、信任を受けています。病がちだったので、たびたび引退しようとしますが、そのたびに引き止められ、その結果、生涯...
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鍾繇 西方の抑えに活躍した魏の重臣

鍾繇しょうようは曹操・曹丕・曹叡えいに仕えて活躍した魏の重臣です。西方の抑えにあたり、馬騰ばとうや韓遂かんすいを従え、反乱を鎮圧するなどして活躍しました。行政や法務にも長けており、人格的にも秀でていたので、魏が建国されると、大臣に就任して重...
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衛臻 父の遺徳を受け、立身した魏の賢臣

衛臻えいしんは字あざなを公振こうしんといい、陳留ちんりゅう郡襄邑じょうゆう県の出身です。父の衛茲じは立派な節義を備えており、三公(大臣)としての招聘を受けませんでした。曹操が初めて陳留を訪れた際、衛茲は「天下を平定するのは、必ずこの人であろ...
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徐宣 忠義と誠実さを評価された魏の文官

徐宣じょせんは字あざなを宝堅ほうけんといい、徐州の広陵郡海西かいせい県の出身です。乱を避けて江東に避難しましたが、孫策からの任命を断り、本郡に戻ります。それから、やがて同郷の陳矯ちんきょうと並んで綱紀になります。二人は等しく名声を得ていまし...
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陳矯 曹操に高く評価され、曹丕の即位を押し進めた魏の重臣

陳矯ちんきょうは明晰さと果断さを備えた魏の臣下です。曹操に高く評価され、曹丕が曹操の後を継ぐに際し、手早く対応することで、国家が分裂する危機を回避しました。このために重臣となり、二代皇帝の曹叡えいに対してもその誤りを指摘し、率直に意見を述べ...