伊籍 荊州で劉備に仕え、外交や法の制定に活躍した人物

伊籍いせきは劉備に仕え、外交や法の制定を担当した人物です。字あざなは機伯きはくといい、出身地は兗えん州の山陽郡でした。劉表が同郷だったことから、彼が荊州の刺史(長官)になると、そちらに身を寄せています。劉備と知り合う劉備は200年ごろまでは...
用語集

「泣いて馬謖を斬る」とは 諸葛亮と馬謖の関係性について

「泣いて馬謖ばしょくを斬る」とは、三国志の故事を元にした言葉です。「目をかけてきた優秀な部下が罪を犯したが、規律を守り、公正さを保つために、やむなく厳罰を与える」という意味です。これは蜀の諸葛亮が、部下の馬謖を処刑したことから生まれています...

孫乾 儒学者としての人脈によって、劉備の外交官として活躍

孫乾そんけんは劉備に仕え、各地への使者として活躍した人物です。字あざなは公祐こうゆうといい、青州の北海郡の出身でした。劉備が陶謙から徐州を譲られ、統治していた時に招聘しょうへいされています。そして従事という側近の地位を与えられ、以後は生涯に...

簡雍 劉璋を降伏させた、飾り気のない外交官の生涯

簡雍かんようは字あざなを憲和けんわといい、幽州の琢たく郡の出身でした。劉備と同郷で、二人は若い頃からの知り合いです。184年に黄巾の乱が発生し、劉備が挙兵すると彼についていき、一緒に三十年あまりも、各地を転々とすることになりました。といって...

糜竺 故郷と捨てて劉備に従うも、弟の糜芳に裏切られた忠臣

糜竺びじくは徐州の資産家の家に生まれ、その人柄や能力も高く評価されていた人物です。徐州刺史・陶謙とうけんの副官を務めており、彼が亡くなる際に、劉備に徐州を統治するよう要請しました。それ以後は窮地に陥った劉備に多額の援助をし、妹を嫁がせるなど...

法正 劉備に仕え、蜀の建国に貢献した参謀の生涯

法正ほうせいは劉備に仕え、参謀として活躍した人物です。特に侵攻作戦の立案を得意としており、漢中の奪取を主導しました。この結果、劉備は漢中王となり、やがて蜀漢を建国するに至ります。しかし法正は劉備が皇帝になった姿を見ることなく、漢中戦の翌年に...

龐統士元 諸葛亮と並び称され、鳳雛と呼ばれた名軍師の生涯

龐統ほうとうは劉備に仕えて活躍した、いわゆる軍師です。諸葛亮と並び称され、「鳳雛ほうすう(鳳凰ほうおうの雛ひな)」と呼ばれていたことでも知られています。計略を考案するのを得意としていましたが、人物鑑定にも優れており、幅広い人脈を持っていまし...
用語集

蜀漢とは 劉備による建国と、劉禅による滅亡について

蜀漢しょくかんは中国の三国時代に存在した国家です。国号は漢であり、前漢や後漢と区別するために、蜀漢と呼ばれています。「蜀」は中国の南西部にある益州のことで、ここに劉備が割拠したことがきっかけで、建国されました。首都は成都です。【蜀漢を建国し...

趙雲子龍 劉備に仕えて長坂で活躍し、劉禅を二度救った勇将の生涯

趙雲は劉備に仕えて活躍した武将です。個人としての武勇に秀でており、長坂の戦いでは乱戦の中で劉備の妻子を救出したことで知られています。関羽や張飛の死後に蜀軍の重鎮となり、高位に就任しました。そして諸葛亮の北伐にまで参加した後、死去しています。...

黄忠 老いてますます盛んと言われた猛将、「老黄忠」の生涯

黄忠《こうちゅう》は劉備《りゅうび》に仕えて活躍した武将です。劉備に出会ったときにはすでに老齢でしたが、益州や漢中の奪取戦で大きな軍功を立て、劉備の躍進に貢献しています。そして関羽《かんう》や張飛《ちょうひ》、馬超《ばちょう》と並び立つ地位...