天皇が氏姓を授ける者である根拠
日本には、イザナギとイザナミという二柱の神が国を作り、その子・天照大神が統治した、という神話があります。
そして朝廷によって「日本書紀」が編纂されると、「天皇は天照大神の子孫である」という神話も形成され、広められるようになりました。
国を作った神の子孫なのだから、この国で最も偉大であり、人々に地位を与え、家臣にすることができる。
というのが、かつて天皇が日本人に姓を授与する権利を持つことの、根拠になっていました。
そして天照大神を祭っているのが伊勢神宮ですので、伊勢神宮は神社の中でも特別な格式を持つと定められています。
明治維新から戦前までは、天皇が日本の主権者であるとされており、神道が重視されていました。
このために神道は国家の支援を受け、興隆していましたが、それは天皇が日本の支配者であることの正当性を、宗教的な側面から補強するためになされていたのです。
易姓革命を避けるため、という説
また、天皇が姓を持たないのは、中国の影響を受けているからだ、という説もあります。
中国には「易姓革命」という思想があります。
秦の始皇帝が統一して以来、中国では漢、隋、唐、宋、明など、多くの王朝が成立して来ました。
それらの王朝の皇帝たちは、みな姓を持っています。
例えば漢は劉邦が建てた国ですので、劉氏の一族が支配者となっています。
隋では楊氏が皇帝になり、劉氏は皇帝ではなくなっており、返り咲くこともありませんでした。
このようにして、中国では王朝の交代ごとに皇族の姓が変わりましたので、これを「易姓革命(皇帝の姓が変わる革命)」と称しています。
(「易」には「変わる」という意味があります)
異なる姓を持つ者があらたに王朝を開き、国を治めるだけの徳を失った者から、備えている者に統治権が移っていくべきだ、というのが、儒教における易姓革命の思想です。
そして、姓があると取って変わられてしまうのであれば、姓がなければ取って変わられずにすむのではないか。
そのようにかつての朝廷の中心人物たちが考えたことから、天皇家は姓を持たないようにしているのではないか、という説が存在しています。
姓があろうとなかろうと、権力を奪われる時には奪われてしまいますので、さほどの効果はないようにも思えますが、決してありえない話だとは言い切れません。
日本には古代から中国の政治思想が流入しており、聖徳太子の「十七条憲法」にも儒教の文言が使用されているくらいですので、影響があった可能性は排除しきれないのです。
たとえば、有名な「和をもって貴しとなす」は、儒教の経典である「論語」から引用されています。
どうして中国では王朝が変わりやすく、日本では変わらなかったのか
中国は大陸国家であり、中原とその周辺には、様々な民族が地続きで住み暮らし、それぞれの興隆と衰退とが常に発生していました。
このためにある民族や氏族が権力を握っても、数百年の時が過ぎて衰えを見せ始めると、代わって勃興してきた他民族や他氏族に、政権を奪われてしまうことが多かったのです。
中国に限らず、大陸では大規模な民族移動によって王権が移り変わるのは、頻繁に見受けられる事象でした。
これに対し、日本は島国であるために、大規模な集団の流入が発生しづらく、従来の社会構造がすべて覆されてしまうほどの変化は、起きにくくなっています。
それゆえに2千年以上も前から存在していると言われる一族が、天皇という地位を保つことができたのではないかと考えられます。
(記録上で確認できるのは、1400年程度であるようです)
また、神話という、時代をへても消滅しづらい文化を存在の根拠としたことが功を奏した、という面もあるでしょう。
政治権力は時代の流れとともに、その所有者が次々と移り変わるものですが、文化は一度浸透すれば、そう簡単に失われませんので、天皇の存続に大きく寄与していると思われます。
聖徳太子や天智・天武天皇の時代に、天皇という地位が成立し、中央集権を確立するのですが、その時になされた、天皇制度を存続させるための様々な施策が、現代にも影響を及ぼしているのだと言えます。
それを呪縛と見るか、伝統と見るかは、人によって異なってくるでしょう。


