天皇と皇帝の起源
中国の皇帝も天皇を使ったことがある、と触れましたが、天皇という名称はもともと、中国の神話の中に登場するものです。
中国にはかつて「三皇」という神々が存在し、国の基盤を作ったという神話があります。
三皇とは「天皇・地皇・人皇」のことです。
(人皇は「泰皇」とも記されることもあります)
つまり天皇という号は、中国が由来だったようです。
天皇は大地が生まれた頃に姿を現し、暦を定めるなどして、人が生きていく上での基盤を形成した、とされています。
「天」は「天上の世界」のことで「皇」は「光り輝くもの」を意味します。
つまりは天の使いが地上に降りてきて、それによって中国という国が生まれたことになっているのです。
その後、地皇が天皇の後を引き継いで国を発展させ、やがて人皇が多くの氏族を生み、それが中国人の祖先になった、とされています。
その後は黄帝など、人間の統治者である「五帝」が国を支配していくようになります。
「皇帝」とは、この「三皇五帝」から取られた称号で、統一を果たした秦の始皇帝が、自ら希望して定めました。
五帝は中国全土の統一はしていませんでしたので、皇帝という号には「帝を超えた、神に近い者」といった意味が込められています。
始皇帝は不老不死を求めましたが、それは名実ともに神、すなわち皇の一員になるためだったのでしょう。
ちなみに「天皇・地皇・泰皇」の名称は『史記 始皇帝本紀』に記されています。
日本ではどうして天皇だったのか
古代の日本には、書籍などを通して中国の伝説や思想なども伝わっていました。
『日本書記』の冒頭で『淮南子』という、中国の道教・儒教・陰陽思想などが入り混じった思想書が引用されていることからも、それがわかります。
また、聖徳太子が制定した『十七条憲法』にも、儒教や道教の影響が見受けられます。
このような背景から、天皇の名称もまた、日本に古くから伝わっていた可能性は高いでしょう。
日本の統治者は、天照大神の子孫だとされていますので、そうなると、天皇という号はぴったりとあてはまることになります。
天照大神は太陽神ですので、「皇」という字が持つ「光り輝くもの」という意味が適合します。
そして名に「天」が入っていますので、子孫が「天皇」と称するのが妥当ではないか、と古代の日本人たちが考えたとしても、おかしくありません。
中国の皇帝と同じ「皇」の文字が使用できることも意識されたでしょう。
『日本書記』では隋からの国書に『倭王』ではなく『倭皇』と記されていたことになっています。
中国の皇帝は他国の統治者を「王」に位置づけますので、これはおそらく記録の改竄ですが、これによって、「王」と「皇」の文字の違いが、当時の日本で強く意識されていたことがわかります。
そのような事情もあって、天皇という号を用いることにしたのではないかと、推測することができます。
天武天皇が天照大神の子孫を名のり始めた、という話が事実だとすると、その代から天皇の称号を使い始めたのだという説の信憑性が、高まると思われます。

