kenjo@管理人

三国志

張郃 馬謖を打ち負かすなど、各地の戦いで活躍した魏の名将

張郃ちょうこうは袁紹や曹操に仕えて活躍した将軍です。 黄巾の乱の頃から戦い始め、諸葛亮の北伐の時代まで各地で活躍し続けました。 張遼や徐晃と並び称されており、魏における最も優れた将軍の一人に数えられています。 最後は上司と...
明治

渋沢栄一の生涯 短縮版

渋沢しぶさわ栄一えいいちは、幕末は徳川慶喜よしのぶの家臣として、明治初期は大蔵省の官僚として、明治6年以降は実業家として活躍した人物です。 この文章は、大河ドラマ『青天を衝け』の主人公である渋沢栄一の生涯を、短めにまとめて書いたもので...
三国志

楽進 名将として評価されるも、記録の乏しい将軍

楽進がくしんは張遼や徐晃らと並び称される魏の将軍です。 常に戦いでは先頭を駆け、敵陣を攻め落とす武功を立てています。 曹操からも高く評価され、右将軍にまで地位が登りました。 しかしそのわりに記録が乏しく、評価にふわさしいだ...
三国志

倉慈 敦煌に善政をしき、民に慕われた太守

倉慈そうじは魏の時代に敦煌とんこうの太守に任命され、善政をしいた人物です。 敦煌は漢の西の果てにあり、動乱の影響で統治が行き届かなくなっていました。 倉慈はそれを立て直し、政治に公正さを取り戻し、民から慕われ、死後も祭られるよう...
三国志

鄭渾 いたわりの心を持ち、各地で善政をしいた名太守

鄭渾ていこんは曹操や曹丕に仕え、各地の太守を歴任した人物です。 反乱を鎮圧し、治安の改善や生産力の向上に勤め、民の暮らしを豊かにしました。 それでいて自らの財産には興味がなく、清廉で飾り気のない生涯を送っています。 この文...
三国志

杜畿 河東の反乱を鎮め、善政をしいて繁栄させる

杜畿ときは荀彧の推薦を受け、混乱していた河東の太守になった人物です。 単身で敵地に乗り込んで反乱を治め、善政をしいて河東を繁栄させました。 そして食糧の増産に成功し、曹操の軍事活動を支えます。 この功績によって、曹操から「...
三国志

蘇則 西方で功績を立てるも、曹丕に直言して左遷される

蘇則そそくは西方で太守を歴任し、反乱の鎮圧や、統治の改善に功績を立てた人物です。 そして曹丕の側近にもなりますが、剛直な性格で、曹丕をいさめたことが災いして、やがて疎まれるようになってしまいました。 このために左遷されますが、任...
三国志

賈逵 曹操の側近となり、豫州を治めた文武両道の人物

賈逵かきは魏の臣下で、反乱の鎮圧や呉との戦いで活躍した人物です。 若い頃から軍事の才能を高く評価され、やがて曹操の側近になりました。 曹丕の代になると豫州の刺史となり、内政に励み、気持ちがゆるんでいた役人たちを引き締め、統治を改...
三国志

張既 西方を鎮めた魏の名臣

張既ちょうきは曹操や曹丕に仕え、西方で活躍した人物です。 文武に秀でており、反乱が多発する涼州や雍よう州を統治し、情勢を安定させることに成功しました。 馬騰ばとうを入朝させ、馬超を討伐し、その後、何度も起きた反乱を鎮圧しています...
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温恢 揚州や涼州の刺史を務めた賢人

温恢おんかいは字あざなを曼基まんきといい、并へい州の太原たいげん郡・祁き県の出身でした。 父の温恕おんじょは涿たく郡の太守になってから亡くなっています。 この時、温恢は十五才でしたが、棺を送って郷里に戻りました。 家は家だ...