石田三成が忍城を攻略できなかったワケ

豊臣秀吉は1590年に天下統一の事業を完成させるべく、関東の北条氏の討伐を実施しました。

そして北条氏の本拠である小田原城を15万の大軍で包囲しつつ、別働隊に関東の諸城の攻略を命じます。

この流れを受け、石田三成や大谷吉継、長束(なつか)正家といった秀吉子飼いの家臣たちが中心となった2万3千の部隊は、武蔵(埼玉県)にある忍城(おしじょう)の攻略に取りかかりました。

忍城の城主・成田氏長(うじなが)は小田原城に入城していたために不在で、しかも守備兵は500人程度しかいませんでした。

46倍もの戦力差があったことから簡単に攻め落とせるはずでしたが、三成たちは意外なことに、この城の攻略に失敗してしまいます。

この文章では、忍城が落城しなかったのはどうしてか、について書いてみます。

忍城の防衛に住民が参加する

忍城は「関東七名城」の一つで、守りやすく、攻めるのが難しい城でした。

城に続く道路が狭く、その左右には水田や沼地が多くて迅速な進軍がしづらく、大軍が足並みを揃えて攻め込むのは困難でした。

三成たちは一度攻めかかってみましたが、道が狭いために一ヶ所から進軍するしかなく、射撃を集中されて隊列が乱されてしまいます。そこを城内から出撃してきた成田軍に攻撃されて損害を受けたため、やむなく引き下がりました。

しかし戦力差から言えば、強引に力押しをしても勝つのは可能なはずでした。

この状況をくつがえしたのが、忍城の近隣の住民たちの参戦です。

専門の戦闘員は500人と限られていましたが、城の周辺に住む農民や町人、僧や神主までもが入城し、2600人にまで戦力が増強されたのです。

さらには女性や子ども1100人も城に入り、総勢では3700人が籠城に参加しました。

女性や子どもたちは日に三度、炊事をして食事を兵士たちに配布したり、弾薬を運んだりするなど、後方支援の役割を担います。それだけでなく、旗指物(はたさしもの)を立てて大軍が守備をしているように見せかけたり、太鼓を打ち鳴らして士気を高めたりもしました。

住民たちがこのような行動に出たことから、成田氏は領地をうまく治めていたことがわかります。領主に好意を持っていなければ、命がけで城の防衛に参加したりはしなかったでしょう。

防衛の体制

忍城は城主の成田氏長が不在だったため、代わって重臣の成田泰季(やすすえ)が守備の責任者になりました。しかし彼は開戦の直前に、急病のために死去してしまいます。

このため、城主夫人の太田氏や、成田泰季の子・長親(ながちか)が中心となって守備隊を束ね、それを諸将たちが支える、という指揮系統が確立されました。

また、城主の娘・甲斐姫(かいひめ)も自ら鎧を身にまとい、積極的に戦闘に参加したと言われています。

太田氏にも甲斐姫にも、ともに勇ましい女傑だったという評判があり、これが籠城に多くの女性が参加した理由になっていると思われます。

先端が開かれる前、城の防御力を高めるために新たに堀が作られたのですが、これを命じたのが甲斐姫で、それゆえに「(こうがい)堀」と呼ばれた、という逸話があります。

笄は、女性が髪をすいて髪型を整えるために使う道具のことです。甲斐姫が女性たちと一緒に作った堀が細長い形をしていて、笄に似ていたことからそう呼ばれたのでした。

こうして防衛体制を整えるとともに、開戦の前に必要な分の食糧や軍需品を運び込んでいましたので、城内の士気は高い状態が保たれていました。

このような、武士と農民、町人、そして女性と子どもが入り交じった軍勢は、意外なほどにまとまりがよく、力を合わせて豊臣軍と対峙することになります。

水攻めの命令

【忍城の攻略を担当した石田三成の肖像画】

一方で三成たちは、大軍の利を活かすために忍城を四方から包囲し、力攻めを敢行しようとします。

しかし小田原にいる秀吉からは「忍城を水攻めにせよ」という命令が届きました。

忍城は低地にあり、周囲には利根川や荒川が流れていました。このことから、堤防を築いて川の水を城の方に流し込めば、沈んでしまって抵抗ができなくなるだろうと秀吉は考えたのです。

現地の武将たちは、そのような手段を用いずとも、積極的に攻め続ければ忍城は落とせると考えており、三成は反対の意見を表明します。

しかし秀吉は三成の意見を受け入れず、かえって水攻めの詳細なやり方を伝える書簡を送ってきました。このため、結局は秀吉に言われるままに、堤防を構築する仕事に取りかからざるを得なくなります。

三成や大谷吉継、長束正家たちは行政や物資の調達を得意としており、このために秀吉は、彼らには力攻めをさせるよりも、水攻めをさせる方が向いていると判断したのかもしれません。

【次のページに続く▼】

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