織田

茶々(淀殿) 豊臣秀頼を生んだ女性の生涯について

茶々(ちゃちゃ)は豊臣秀吉の妻となって秀頼を生み、やがて豊臣家の実権を握った女性です。 浅井氏と織田氏の一族に生まれ、戦乱の中で父と母を失いました。 そして自身も大坂の陣という大戦に敗れ、豊臣家を滅亡に導いてしまっています。 ...
2018.04.18
戦国時代

今川氏真 父・義元の死後に全てを失うも、しぶとく生き延びた武家貴族の生涯について

今川氏真(うじざね)は「海道一の弓取り」と言われた東海道の大名・今川義元の嫡子です。 父が織田信長に討たれた後、9年ですべてを失って大名としての今川氏を滅ぼしてしまいました。 その後はかつて父の家臣だった徳川家康の元で生きのび、...
2018.04.18
織田

藤堂高虎 8人の主君に仕え、伊勢32万石の大名にのしあがった「忠義の武将」の生涯について

藤堂高虎は近江の出身で、足軽から身を起こして各地を渡り歩き、8人もの主君に仕えた武将です。 最終的には徳川家康や秀忠に仕えて信頼され、伊勢の32万石の大名にまでのし上がっています。 初めは自身の立身のために励んでいましたが、やが...
2018.04.18
織田

山内一豊 妻の千代に助けられ、国持ち大名にまで出世した武将

山内一豊は織田信長の家臣で、豊臣秀吉、徳川家康とその時々の勝者に仕えることで戦乱の時代を生き延びた武将です。 それほど大きな功績を立てることはなかったものの、妻の千代の助けを得て着実に出世を遂げ、最後は土佐一国の主にまでなっています。...
2018.04.18
織田

織田信長の「天下布武」 その道のりの全て

織田信長は尾張(愛知県)の一領主から身を起こし、最終的に天下を統一する直前にまで勢力を拡大しました。 これは運や偶然ではなく、「天下布武」という方針を掲げて戦国時代の終焉を目指した結果です。 信長は単なる領地拡大の野心を持ってい...
2018.04.18
織田

前田利家 「槍の又左」から加賀百万石の大名にまで出世した勇将の生涯について

前田利家は織田信長に仕え、槍の名手として知られた武辺者でしたが、長じてからは軍の指揮官として活躍するようになります。 やがては能登一国の主となり、豊臣秀吉の信頼を得て90万石の大名にまで出世しています。 晩年には徳川家康とも張り...
2018.04.18
織田

織田信秀 信長の飛躍の礎を築いた「尾張の虎」

織田信秀は信長の父親で、尾張(愛知県)に一大勢力を築いた戦国大名です。 知勇にすぐれ、「尾張の虎」ともあだ名されて恐れられました。 彼の築いた勢力は、後に信長が大きな飛躍をとげるための基盤となります。 この文章では、そんな...
2018.04.18
戦国時代

大谷吉継 石田三成との友情に殉じた義将の生涯について

大谷吉継は関ヶ原の戦いで西軍の首謀者となり、決戦場でも力を尽くして戦い抜いた武将です。 吉継はもともとは徳川家康の実力を高く評価してその味方になっており、石田三成にも家康に恭順するようにと勧めていました。 しかし三成の家康打倒の...
2018.04.18
戦国時代

長宗我部盛親 土佐を失い、大坂の陣に再起をかけた不屈の武将の生涯について

長宗我部盛親は土佐(高知)の大名・長宗我部元親の4男でしたが、父に強く推されてその後継者となります。 しかし父の死後、関ヶ原の戦いで西軍についてしまい、何もできないまま敗者となって領地を失います。 その後は長らく浪人生活を送りま...
2018.04.18
戦国時代

後藤又兵衛(基次) 黒田家に仕え、大坂の陣で散った豪傑の生涯について

後藤又兵衛は黒田官兵衛・長政親子に仕え、数多くの戦場で勇名を馳せた武将です。 格闘能力に優れ、敵軍の動きを見抜く戦術眼を備え、時には兵器を開発することもあるなど、戦いに関する豊富な能力を備えていました。 やがてはその功績によって...
2018.04.18