地震から身を守らない信長に諫言をする
ある日、信長が趣味の鷹狩りに興じていた際に、蘭丸もその供をしていました。
鷹狩りとは、野山で獲物を勢子に追い出させ、飛び出してきたところに鷹を放ち、獲物を捕まえさせる、という形式の狩りのことです。
狩りを楽しんだ信長は、休憩を取るために農家に入ったのですが、その際に大きな地震が起きました。
供をしていた者たちはみな驚き、農家から飛び出しますが、信長はそのまま農家の中に留まります。
このため、蘭丸もただ一人、信長の側で待機を続けました。
やがて揺れが収まってから信長は農家を出たのですが、蘭丸はその機をつかまえて信長に諫言をしました。
「人の主たる者が、わざと危険を犯すようなことをなさらないでください。天下統一の大功を成し遂げようとしている時に、このような小事でケガをしたり、命を失いかねないふるまいをするべきではありません」と、信長がすぐに農家を出なかったことを咎めました。
この時は無事でしたが、一つ間違えば農家が崩れ落ち、信長は大ケガをしたり、死んでいた可能性もあったからです。
この逸話から、晩年の信長は体面を重視し、身の安全に鈍感になっていたことがうかがえます。若い頃の信長なら外聞を気にせず、一番に農家から飛び出していたでしょう。
蘭丸は続けて「地震の最中に言上すると、地震を恐れるように見えてしまいますので、地震が収まるまで待っていました」とも告げました。
信長は蘭丸の忠節あふれる態度に感じ入り、これからは地震の際にすぐに避難をする、と約束しました。
秘書官として活躍しはじめる
このように、蘭丸は信長のためを思って才知を働かせ続けたことから、わずか15
才にして、重要な役目を任されるようになっていきました。
1579年には摂津の塩川伯耆守という人物に、信長の命によって銀100枚を届けた、という記録が残っています。
その他にも、京や堺の実力者たちが信長に謁見する際には、蘭丸が窓口になると定め、対応を任せています。
やがて蘭丸は諸大名たちの取次役も務めるようになり、その権勢は自ずと膨らんでいきました。
実力者であっても、信長に会うには事前に蘭丸に話を通さなければならなくなっていたわけで、若くしてこれほどの信任を受けたのは、異例のことだったと言えます。
海千山千の商人や大名たちを相手にすることになり、難しい役割だったはずですが、蘭丸は信長の期待通りに、これを滞りなくこなしていきました。
この結果、1582年には美濃の岩村に5万石の領地を与えられ、大名の身分を得ています。
この前年に与えられていた知行は500石でしたので、一気に100倍にまで膨らんだことになります。
わずか18才でこれほどの厚遇を受けたのですから、信長から特別扱いをされていたことがわかります。
領地を得ても、蘭丸は信長の側に仕え続けましたので、岩村城には兄・長可の家老が城代として送られ、統治にあたっています。
明智光秀を斬るようにと進言する
こうして蘭丸は出世を遂げましたが、この年には、信長と重臣・明智光秀の関係が悪化してもいました。
ある時、信長は光秀が命令を素直に受け入れないことに怒り、ついに頭を殴りつけてしまいます。
すると光秀は涙を流し、「取り立てていただいた恩が莫大なので、このようなことをされても反逆の心を抱きはしませんが、あまりのことではありませんか」と嘆きました。
蘭丸はその場に居合わせましたが、光秀に対し「君臣の関係が深く、心やすいからこそ、ぶたれることもあるのでしょう。うらやましいご奉公ぶりです」と述べ、その場を取り繕います。
しかし、蘭丸は密かに信長に面会すると「明智は謀反を企てていますので、成敗なさるべきです。涙を流した時には既に反逆の心を抱き始めており、このためにわざと『反逆の心を抱きはしません』と明智は述べたのです」と進言しました。
しかし信長が取り上げなかったので、蘭丸は光秀の様子を確かめた上で、翌日にもう一度面会します。
「明智は何やら大事を企んでいるようですので、私に命じ、斬って捨てさせてください」と蘭丸は言いました。
信長は「どうしてそう思ったのだ?」と問います。
「今朝、明智が朝食をとっていた時のことですが、口に入れた飯をかまず、何やら考え事をしていた様子でした。そして箸を手から取り落としたことにも気づいておらず、しばらくして我に返り、驚いていました」と蘭丸は得意とする観察眼によって、光秀の異常を察知したことを告げました。
「これは天下の一大事を思い立ったからだと思われます。察するに、明智は謀反を企んでいるのでしょう。明智が殿を恨みたてまつること、思い当たるふしがあります。ご油断なされませぬように」と信長に言上します。
しかし信長は意に介さず、蘭丸の進言を取り上げることはありませんでした。
この頃の信長は天下統一を目前にしたことで増長し、傲慢になっており、自身の生命の安全にも、家臣たちの感情にも鈍感になっていました。
それが光秀を殴打したことや、長く仕えた老臣・佐久間信盛を追放したことなどに現れています。
このため、蘭丸は光秀の謀反を察知していたにも関わらず、信長を救うことができなかったのです。
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