丞相とは 三国志では曹操や諸葛亮が就任

丞相じょうしょうは中国の官職です。

「丞」と「相」はともに「たすける」という意味です。

これを合わせた丞相は、天子(王や皇帝)を助けて国政を司る役目を担いました。

王の下で政務を総覧し、官僚を統率する最高官で、現代で言えば首相にあたる地位です。

初めて登場したのは

初めて設置されたのは、戦国時代のしんにおいてです。

紀元前309年に、武王が左丞相と右丞相を設置し、樗里疾ちょりしつ甘茂かんぼうを任命したことに始まります。

彼らは武王に命じられ、田畑と道路を毎年決まった時期に整備する法を制定するなどしました。

始皇帝が天下を統一した際にも設置されており、漢の時代にも引き継がれました。

前漢では

劉邦が前漢を建国すると、蕭何しょうかが丞相となり、国政を担いました。

【前漢の初代丞相・蕭何】

蕭何は統治能力に優れ、劉邦が項羽と争っていた時期に、たえず食糧と兵員を送り続けて戦線を維持し、劉邦から最大の功臣であると称えられます。

前漢が成立して以後は、丞相として統治体制の構築に努めました。

蕭何が亡くなると、やがて曹参そうしんが丞相を引き継ぎましたが、彼は酒を飲んでばかりであまり仕事をしなかったので、二代皇帝・恵帝にそのことをただされます。

すると「陛下は高祖(劉邦)とご自分と、どちらが上だと思われますか?」と、「陛下は私の能力を見て、蕭何とどちらが優れていると思われますか?」の二つの質問をしました。

恵帝は「父と蕭何の方が優れている」と答えます。

曹参は「その通りでございます。高祖は蕭何とともに天下を平定し、法令はすでに明白となっています。我々はそれを遵守すればよいのです」と言いました。

恵帝はそれに納得し、曹参が休息することを認めました。

蕭何はすでに清浄な政治体制を作り上げていたので、下手に改変するよりもそのまま維持した方がよい、というのが曹参の判断だったのです。

この曹参の判断は的確だとして、世間から称賛されました。

こうして前漢は二人の賢者の手によって基盤が構築され、200年に渡って中国を治めることになります。

このため、蕭何と曹参は特に「相国しょうこく」と呼ばれ、歴代の丞相の中でも強く敬意を払われています。

制度上では御史大夫ぎょしたいふ太尉たいいと合わせた三公の首位で、官僚機構を束ねて権力を握っていました。

後漢では

後漢の時代には、三公は司徒・司空・太尉となり、丞相は設置されませんでした。

しかし末期の208年になると、曹操が丞相を設置し、自ら就任しています。

【丞相に就任して権力を掌握した曹操 彼には皇帝を補佐する意図はなかった】

(ちなみに、曹操は曹参の子孫の家系です)

そして三公を廃止し、朝廷の権力を自分に集中させるようにしました。

また、丞相の補佐官である御史大夫も復活させ、官僚たちを掌握します。

これによって曹操は、後漢から帝位を簒奪するための準備を開始したのでした。

【次のページに続く▼】

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