龐統士元 諸葛亮と並び称され、鳳雛と呼ばれた名軍師の生涯

劉備に献策する

やがて劉備は、劉璋に招かれて益州におもむき、で会合をすることになりました。

龐統はこの時、会合の用意をした張松から伝言を受け、劉備に次のような策を進言してほしい、と依頼を受けます。

「この会見を利用して、すぐに劉璋を捕らえてしまうべきです。

そうすれば将軍は兵を用いる必要がなく、容易に一州を平定することができます」

しかし劉備は「他国に入ったばかりで、まだわしは恩愛も信義も表していない。それでは人々はついてくるまい」と言って反対しました。

いきなり劉璋を捕らえても、それで益州の武将や民衆が、裏切りを働いた劉備に従う可能性は低く、劉備の発言に分があったと思われます。

それに、もしもこの策を実行していたら、劉備の評判は一気に悪化していたことでしょう。

こうして劉備は張松の策を退けましたが、龐統も自分が考えた策ではないため、劉備に強く勧めることはなかったようです。

このことから、劉備は簡単に人の意見に流されることはなく、的確に物事を判断できる人物だったことがわかります。

三つの策を提示する

その後、劉備は「漢中を討伐する」という名目で、葭萌かぼうに駐屯しました。

漢中は劉璋から独立した張魯ちょうろが支配しており、長年にわたって劉璋と敵対していたのでした。

そして劉備は一年をかけ、恩徳を施して周辺地域の支持を得るのに努め、益州における基盤を形成します。

すると龐統はころあいを見計らい、劉備に三つの献策をしました。

「ひそかに精鋭を選抜し、昼夜兼行で州都である成都に急行し、攻撃いたしましょう。

劉璋は武勇がなく、防備をおろそかにしています。

ですので一気に押しよせれば、一度の攻撃で平定することができます。

これが最上の策です。

楊壊ようかい高沛こうはいは劉璋の配下の中では優れた武将で、強力な軍を擁し、白水はくすい関を守っています。

聞くところによると、何度も劉璋に手紙を送り、あなたを荊州に帰還させよ、と言っているそうです。

ですので、白水関に使者を送り、荊州に危急の事態が迫っているから、帰還して救援に行かなければならない、と伝えてください。

そして同時に、兵たちに旅の支度をさせ、帰還するふりをするのです。

楊壊と高沛はあなたの英名に敬服している上に、あなたが立ち去られることを知って喜び、必ず軽装で会いに来るでしょう。

その機会に彼らを捕らえ、軍を奪い取り、それから成都を攻めましょう。

これが次善の策です。

益州から撤退し、荊州にまで帰還しつつ、ゆっくりと手段を考える。

これが一番の悪手です。

もしも思い悩んで立ち去らなければ、大きな災いを招き寄せることになりますので、これ以上ここに留まってはいけません」

このように龐統が策を示すと、劉備は次善の策を採用することにしました。

そして龐統の計略の通りに、楊壊と高沛と会うと、彼らを捕らえて斬ってしまいます。

これまで劉備は、信義や仁愛を看板に掲げて生きてきましたが、ここで初めて悪謀を用いたのでした。

その後、劉備軍は益州各地を、瞬く間に占拠していきます。

宴会でケンカをする

劉備は連戦連勝し、涪まで進撃すると、そこで大宴会を開き、酒盛りをして音楽を奏でさせます。

そして「今日の集まりは実に楽しい」と述べました。

すると龐統は「他人の国を侵略しながら、それを喜ぶのは、仁者の戦いではありません」と苦言を呈します。

劉備はこのときすでに酔っていたので、この言葉に腹を立て、龐統に反論します。

「周を建国した武王は、暴君であるちゅうを討つ時に、歌を歌って踊りを舞う者がいても、とがめなかったという。

彼の戦いは仁者のものではなかったというのか?

君の言葉は的外れだ。ここから出ていくがいい」

すると龐統は言われるままに、宴会から退席しました。

劉備はすぐに後悔し、龐統を呼び戻させます。

龐統は戻ってくると、平然とした様子で飲み食いを続け、謝罪はしませんでした。

劉備が「さきほどの議論は、誰が間違っていただろうか?」とたずねます。

龐統は「君臣どちらも間違っていました」と答えました。

これを聞いた劉備は大笑いし、二人のケンカはおさまっています。

龐統と劉備の感情

このようにして龐統と劉備は、いさかいを起こしかけました。

龐統自身が、劉璋から益州を奪うように劉備に勧めたわけですが、劉璋に罪があったわけではありませんので、これはまごうかたなく悪事であり、道義に外れた行いでした。

劉備を帝王にするためには必要なことだと割り切ってはいたのでしょうが、内心では気がとがめており、このために龐統は、劉備が宴会を開いて楽しんでいるのを見て、思わず非難したくなったのだと思われます。

一方で劉備は、まだ益州を全て制覇したわけでもないのに、中途半端な時期に宴会を開いています。

こちらもまた内心では劉璋を裏切り、益州を攻めていることを気に病んでおり、うさを晴らすために、酒と音楽に頼りたかったのかもしれません。

そのような感情が、劉備が己の非を覆い隠すために、武王の故事を持ち出して、無理矢理に自分の行いを正当化しようとした原因にもなっているでしょう。

龐統が「君臣どちらも間違っています」と言ったのは、悪事を勧めた龐統と、賛同した劉備は共犯者なのだから、いさかいはやめましょう、と伝える意図があったと思われます。

こうして劉備と龐統は、悪事を媒介とした連帯を強めつつ、それぞれに感じていた心の負担を軽減させたのでした。

この結果、両者の絆は以前よりも強くなったようです。

【次のページに続く▼】

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