典韋 曹操を守って戦死した、怪力無双の勇将

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呂布軍の攻撃を撃退する

その時、西側から敵に攻め込まれたので、典韋たちは突き進み、敵と衝突しました。

すると敵の弓やいしゆみが乱射され、雨のように矢が降り注ぎます。

典韋はこの時、視界を奪われていましたので、近くの味方に向かって言いました。

「敵が十歩のところまで近づいてきたら、そう申せ」

すると味方が「敵が十歩まで近づいてきました」と告げます。

典韋が次に「五歩になったら申せ」と言うと、味方は懸念して、早口で言いました。

「敵がやってきました」

これを聞くと典韋は十本以上の戟を持ち、大声をあげて立ち上がります。

典韋がふるう戟にあたった者は、手応えとともに打ち倒され、次々となぎ倒されていきました。

このすさまじい勢いを恐れ、呂布の軍勢は引き下がっています。

やがて日が暮れたので、曹操はやっと撤退することができました。

校尉に昇進する

戦いが終わると、曹操は典韋の功績を評価し、都尉とい(部隊長)に任命しました。

そして自分の側近とし、親衛隊を数百人ほど引き連れさせ、常に天幕の周りを巡回させます。

典韋その人に並外れた武勇がある上に、彼が率いる兵士は全て精鋭であったため、戦闘のたびに先鋒を務め、敵陣を攻め落とす功績を立てました。

このため、典韋はさらに昇進し、武猛校尉こうい(中隊長)になっています。

性格は忠実で、大食漢だった

典韋は誰に強いだけでなく、きわめて忠誠心が高く、慎み深い性格の持ち主でした。

昼の間は、一日中曹操の側に侍立し、夜になると天幕のそばに泊まり、自分の寝床に帰ることは、めったにありませんでした。

酒食を好み、人の二倍も飲み食いをしており、大変な大食漢だったようです。

曹操の御前で食事を賜る度に、大変な飲みっぷりを見せ、右と左から酒を勧められましたが、それでも足りず、給仕を数人に増やすことで、ようやく間に合うほどでした。

曹操はその様子を見て、見事なものだと感心しています。

典韋は好んで大きな双戟そうげきと薙刀などを使っていました。

軍中ではそのために、「曹操の幕下の壮士に典君あり。一双戟、八十きん(約18kg)をぐ」と言ってはやしました。

張繡ににらみをきかせる

やがて197年になると、曹操は荊州を征討し、宛までたどり着きました。

するとその土地で軍閥を率いる張しゅうが出迎え、曹操に降伏を申し入れました。

曹操はこれを大変に喜び、張繡とその指揮官たちを招待し、大宴会を催します。

その席で、曹操が酒を注いでまわりましたが、典韋は大きな斧を持って後ろに従いました。

その斧の刃は一尺(約23cm)ほどあり、目にする者たちを威圧するには十分でした。

曹操が酒を注ぐと、典韋は必ず斧を持ち上げ、その者を見つめました。

張繡とその部下が、曹操を不意に襲ったりすることがないように、にらみをきかせていたのでしょう。

このため、酒盛りが終わるまで、張繡とその指揮官たちは、目を上げて典韋を見ることすらできませんでした。

典韋はこの時、張繡たちの動きは怪しいと、どこか疑っていたのかもしれません。

【次のページに続く▼】

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