郭援を打ち破る
その後、匈奴の単于(君主)が平陽で反乱を起こします。
鍾繇は諸軍を率いてこれを包囲しますが、攻略しないうちに、別の勢力が動きを見せました。
袁尚(袁紹の三男)が配置した河東太守の郭援が河東に到着し、その勢いはとても盛んになります。
このため、諸将は協議し、包囲をやめて引き上げたいと考えました。
鍾繇はこれに対し、「袁氏は強大で、郭援がやってきたと知って、関中の諸将の内には、ひそかにこれと通じる者たちがいる。しかしそれでも、いまだに全ての者が寝返っていないのは、こちらの威名を意識しているからだ。もし戦場を放棄して弱いところを見せれば、いったいどの民がこちらの仇敵にならずにいるだろうか。それに帰還したいと望んでも、それを達成することができるだろうか。撤退するのは、戦わずして自ら敗れるようなものだ。そして郭援は剛腹で勝利することを好むので、必ずこちらの軍を軽く見るだろう。もし汾水を渡って陣営を築くのなら、いまだ渡り切らないうちにこれを討てば、大勝利を得ることができるだろう」と述べ、戦いを続けることにします。
また、鍾繇は新豊県令の張既を馬騰の元に派遣しました。
そして馬騰に郭援攻撃に加わるようにと説得させます。
馬騰は子の馬超を将とし、精鋭を率いさせ、郭援を迎え撃たせることにしました。
郭援は到着すると、鍾繇が予測した通り、汾水を渡ってきます。
周囲の者たちは制止しましたが、これを聞き入れませんでした。
このため、鍾繇は計画通り、汾水を半分も渡りきっていないところで攻撃をしかけ、大いに打ち破ります。
そして郭援を斬り、匈奴の単于を降伏させました。
このように、鍾繇は軍事の指揮についても、優れた手腕を備えていたのです。
龐徳を咎めず
この時、郭援を討ったのは、馬超配下の龐徳でした。
龐徳はこの戦いで自ら首級を得ましたが、それが郭援だとは知りませんでした。
戦いが終わり、郭援が戦死したことは確認されていたものの、その首が見つからないので、騒ぎになります。
このため、龐徳が遅れて袋から首を取り出したのですが、それを見た鍾繇は声を上げて泣きました。
というのも、郭援は鍾繇の甥だったからです。
龐徳が謝罪しましたが、鍾繇は「郭援はわしの甥だが、国賊だ。卿はどうして謝るのだ」と答え、咎めませんでした。
河東の反乱を討つ
その後、河東の郡掾(属官)である衛固が反乱を起こし、張晟や張琰、高幹といった者たちとともに周囲を荒らしてまわりました。
このため、鍾繇は諸将を率いて衛固を討伐します。
これに先立ち、河東太守の王邑が中央に召し寄せられていました。
しかし王邑は情勢が安定しないことや、民に慕われていることもあり、留任を希望します。
そして衛固らも留任を要請したのですが、鍾繇はこれを受け入れず、王邑にはやく太守の割符を自分に引き渡すようにと命じました。
すると王邑は自身で太守の印綬を帯びたまま、許都におもむいて返還します。
鍾繇は洛陽にいましたが、自分の命令が無視されたことで、統治者の資格を失ったと考え、自身を弾劾するようにと朝廷に申し入れました。
これは却下されましたが、鍾繇の謹厳な性格がうかがえる事態です。
一方で、衛固が反乱を起こしたのは、この時の朝廷の対応に不満を持ったから、というのがきっかけになっているのでしょう。
洛陽を復興させる
献帝が長安に移されてからというもの、旧都である洛陽は、すっかりと人民がいなくなってしまいました。
このため、鍾繇は関中の民を移住させ、また逃亡した者や反乱を起こした者を呼び寄せ、洛陽の人口を増やします。
数年が経過して、民の戸数はだんだんと充実するようになりました。
後に曹操が関中を征伐する際に、こうして洛陽が復興していたことが役に立ちます。
この功績によって、鍾繇は前軍師に任命されました。
魏の相国となる
曹操が魏王に就任し、魏国が立てられると、鍾繇は大理(法務長官)になり、やがて相国(首相)にもなりました。
また、曹丕が東宮(太子の宮殿)にいた際に、鍾繇に五熟釜(仕切りの入った鍋)を賜ります。
それには次のような銘文が刻まれていました。
「盛んなる魏、漢の藩国となる。その相である鍾繇は、実に全身を働かす。朝も夜も静かで慎み深く、安処にいとまがない。すべての官僚の模範である。この規範にならう」
これは鍾繇が曹丕に頼んで鋳造してもらったようです。
五熟釜は五つの具材を個別に、かつ同時に調理できる器具で、こういったものは伝統的に、盛んな徳を称揚するものとして、中国では用いられていました。
つまりはこれによって、曹丕が鍾繇の能力と人格を高く評価したのだということになります。
鍾繇は玉玦という宝物を持っていましたが、曹丕に望まれると、それをすぐに献上する、といったこともしていました。
このような経緯から、鍾繇は曹丕との良好な関係を築いており、その地位は安定したものだったと言えます。
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