易京に立て籠もる
公孫瓚は易京に逃げ帰ると、十重にわたって塹壕をめぐらし、その内側に土山を築きました。
それらは高さが五、六丈(約16〜20メートル)もあり、さらにその上に、物見のための楼を設けます。
そして最奥の塹壕の中に作った土山は、特に高さを十丈(約33メートル)にし、公孫瓚はそこに居住し、三百万石の穀物を蓄えました。
こうして公孫瓚はすっかりと穴熊を決め込み、堅固な城塞の中に引きこもります。
易京に城を築いた理由
公孫瓚が袁紹に敗れる以前から、「燕の南の果て、趙の北の果てに、中央が裂けた砥石のような場所がある。この中だけが、世の中から身を隠すことができる場所だ」という内容の、童謡が歌われるようになっていました。
公孫瓚はそれが易京にあたると考え、そこに城塞を築いて立て籠もることにしたのでした。
この童謡がどうして作られたのかは不明ですが、公孫瓚を易京にとどめ、天下の覇権を争うような、だいそれた行動を取らせないためのものだったのではないかと、推測されています。
領民や部下たちから見ると、公孫瓚の器はそれほど大きなものではなく、一地方を支配するのが精一杯で、他州に出て行ったりはしない方がいいと考えていたのでしょう。
しかし公孫瓚は北方をすべて自分のものにしようとし、その結果、自分を上回る実力を持つ袁紹に、手痛い敗北を喫することになったのでした。
部下を見捨て、易京で孤立する
公孫瓚の部将のうちに、易京の外に陣営を構えていた者がおり、やがて袁紹から攻撃を受けます。
しかし公孫瓚はこれを救援しようとせず「一人を救援すれば、他の武将たちは、救援をあてにして力の限り戦わなくなってしまう。救援しなければ、他の武将たちは、肝に銘じて必死に戦うようになるはずだ」などと言い訳をしました。
公孫瓚の発言は常に言い訳ばかりで、他者を説得できるだけの道理を備えていませんでした。
このようにして放置した結果、公孫瓚の勢力の境界を守る部隊は、救援が得られないため、やけになって自軍の指揮官を殺害して逃亡したり、袁紹軍に撃破されるなどして、壊滅してしまいます。
このため、袁紹軍はまっすぐに易京にまで到達することができ、公孫瓚への攻撃を開始しました。
公孫瓚はこうして完全に勢力を失い、残る土地は、易京の城塞の中のみとなります。
公孫瓚の器
これ以前にも公孫瓚は、役人の子弟の中に優秀な者がいると、決まってその者を圧迫して、貧窮の中に落とし込んでいました。
ある人がそのわけをたずねると、公孫瓚は「役人の家の立派な者を取り立て、彼らを富貴にしてやったとしても、みな自分がそのような官職につくのが当たり前だと考え、わしが取り立ててやっても感謝しないだろう」と答えました。
そのようなことをすれば恨みを買うばかりで、公孫瓚に感謝するようになったとは思えませんが、公孫瓚はそう考えていたようです。
部下を救援しなかったことといい、公孫瓚は他人の気持ちを自分に引きつける手腕において、他の群雄よりも劣っていました。
その一方で、凡庸な、たいして能力のない者たちは寵愛するなどしており、ちぐはぐな人事を行っています。
そういったことの積み重ねが、公孫瓚の勢力を弱らせていったのだと言えるでしょう。
このあたりの行動を見るに、公孫瓚はある程度の才能はあったようですが、本質的には心が狭く、それゆえに賢くない人だったようです。
籠城が続く
公孫瓚の築いた城塞は非常に堅固なもので、袁紹は何年もかけても攻め落とせませんでした。
公孫瓚の武将たちもそれぞれ楼を築いて立て籠もったため、その数は千以上にも達しており、食糧も豊富に蓄えられていたことから、攻略するのは容易ではありませんでした。
公孫瓚は鉄の門を作って自身の楼をさらに堅固なものにし、楼閣に居住し、側近の臣下たちすらも遠ざけるようになります。
そして下女や側室だけをそばに置き、公文書は縄で吊り下げて、臣下たちとやりとりをしました。
公孫瓚は、多くの騎兵を率い、各地で戦功を立てていた時の気概をすっかりと忘れ、完全にその精神が萎縮してしまったようです。
袁紹に敗れ、劉虞を殺害したことで、周囲が敵だらけとなりましたが、その時の体験が、よほどにこたえたのでしょう。
公孫瓚の心情
公孫瓚はこの籠城について、このような意図があったと語っています。
「昔は乱れた天下を、この手で平定できると思っていた。
しかし今になって思うと、わしなどの手に負える問題ではなかった。
だから兵士たちを休ませ、農作物を蓄えよう。
兵法には、百の城楼は攻撃すべきではないと書かれている。
いま、わしの城楼は千重にもなっているのだから、この穀物を食べ尽くす間に、天下の事態がどのように推移するかを、見守ることができよう」
野心をくじかれ、自信を打ち砕かれ、夢やぶれて辺境に引きこもった心情が述べられており、自業自得だとは言え、いささか哀れだとも感じられます。
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