張嶷 劉禅から崇敬を受け、陳寿に称賛された蜀の名将

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城郭を修繕する

張嶷が最初、越巂にやってきた時には、郡の城郭が崩壊していたため、別の場所に新しく小さな砦を築いていました。

そして在官が三年となり、平定が進んでもとの郡都に戻ることになります。

そして城郭の修繕を始めると、異民族の男女が労力を提供するようになっており、統治状況が大きく改善していたことがうかがえます。

定筰に進軍する

定筰ていさく台登だいとう卑水ひすいの三県は、郡都から三百里ほど離れたところにあり、昔から塩や鉄、漆を産出する物産が豊かな地域でした。

しかしこの頃には、国境地帯に住む異民族たちが、それをすべて取り込み、蜀では利用できなくなっています。

このため、張嶷は配下の兵を率いてそれらを接収し、郡官に管理させようと考えました。

こうして張嶷は定筰に進軍します。

塩と鉄を得る

定筰の頭目である狼岑ろうしん槃木ばんぼく王の舅で、異民族の中では大きな信頼を得ていました。

しかし張嶷が侵略してきたことに腹を立てており、会いに来ようとはしませんでした。

このため、張嶷は剛勇の士を数十人ほど送り込み、直ちに捕らえて連れてこさせます。

そしてむちをふるってこれを殺害し、遺骸を部落に送り返しました。

一方では厚く恩賞を与えつつ、狼岑の悪事を言って聞かせた上で、次のように告げて圧迫します。

「おまえたちが勝手なまねをするのは許さない。もしもそれを破るのであれば、すぐに皆殺しにしてしまうぞ」

すると部族民たちは怖れをなし、みなが自ら、後ろ手を縛って謝罪しました。

張嶷は牛をほふって宴会を催し、重ねて恩徳と信義を申し聞かせます。

こうして張嶷は硬軟を織り交ぜた手段で辺境の異民族を従え、塩と鉄を手に入れました。

これによって、必要な道具が豊富に行き渡るようになります。

旄牛族が従う

漢嘉かんか郡との境界には、旄牛族に属する四千戸の部族が住んでいました。

その頭目である狼路ろうろは、叔母の夫である、先に張嶷に討たれた冬逢の仇を取ろうと考えます。

そして叔父のに冬逢の部下を率いさせ、張嶷の動向をうかがわせました。

張嶷はこれを知ると、逆に側近を派遣し、牛と酒を贈って和解しようとします。

さらに、先に罪を許していた冬逢の妻を引き取らせ、自分の意図を伝えさせました。

この妻は離の姉でしたので、離は再会を喜びます。

そしてすでに贈り物を受け取っていましたので、配下の部族民をすべて引きつれ、張嶷の元を訪れることにしました。

張嶷はこれを手厚くもてなし、恩賞を与えて帰しました。

旄牛族はこの結果、問題を起こすことがなくなっています。

交通路を回復させ、将軍となる

郡には古い街道があり、旄牛族の土地を通って成都に至っていました。

この道は平坦な上、近道でもあったのですが、旄牛が交通を遮断してから、すでに百年以上が経過していました。

このために安上を経由して往来がなされていたのですが、道が険しい上に、遠回りでもありました。

そこで張嶷は側近に命じて狼路に貨幣を贈り、さらに先に解放した狼路の叔母に、その趣旨を説明させます。

すると狼路は兄弟と妻子を全員引きつれて、張嶷に会いにやってきました。

張嶷は彼と誓いを結び、旧街道を開通させ、千里にわたって道をはらい清め、昔の宿場を復活させます。

そして狼路を旄牛㽛毗こうひ王に封じるように上表しました。

そして使者に案内をさせ、狼路に朝貢をさせています。

この働きによって、劉禅は張嶷に撫戎ぶじゅう将軍の号を加えました。

そして郡守を変わらず兼任させています。

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