劉曄 漢王室の血を引きながら、魏の重臣となった智者の生涯

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鄭宝の部下たちを降伏させる

鄭宝の陣営には武将と数千の精兵がいましたが、鄭宝が討たれて彼らが混乱することを懸念し、劉曄は行動を起こします。

鄭宝の馬に乗り、数人の家来たちを引き連れ、鄭宝の陣営の門のところまで行き、主だった者たちを呼び出しました。

そして利害を説き聞かせると、みな頭を地につけ、門を開いて劉曄を迎え入れます。

そこで劉曄が彼らを慰撫し、安心させてやると、みなが喜んで服従し、劉曄を押し立てて主に据えました。

このようにして自ら鄭宝を斬り、すぐさまその部下たちを掌握してしまった手腕は並々ならぬものがあす。

血統の裏付けもありましたので、その気になれば、劉曄は群雄のひとりとして乱世に乗り出すこともできたでしょう。

劉勲に兵たちを預ける

劉曄は漢王朝がじわじわと衰えていく経過をよく見知っていましたので、王族の一員である自分が兵力を保有することを好みませんでした。

このため、部下たちを廬江ろこうの太守である劉勲りゅうくんに預けることにします。

劉勲が、せっかく獲得した兵力をあっさりと手放そうとする劉曄のふるまいをいぶかしんだので、劉曄はその理由を述べました。

「鄭宝が軍法を整えなかったので、彼の部下たちは普段から略奪をしていました。

私には資力がないので、彼らを取り締まると必ず恨みを抱かれるようになり、長く従わせ続けるのは困難です。

だからあなたに任せるのです」

劉勲の元に孫策からの使者が訪れる

この頃、劉勲は長江や淮河わいがのあたりで強盛を誇っていました。

一方、会稽かいけいのあたりで勢力を伸ばしていた孫策は、劉勲の存在を邪魔に思っていました。

孫策は一計を案じ、使者を送ってへりくだった態度を取らせ、手厚く贈り物をします。

そして書面で次のように提案をしました。

上繚じょうりょうの民がたびたび我らを侮辱するので、数年に渡って憤り続けています。

彼らを攻撃したいと思っているのですが、交通の便が悪く実現していません。

ですので、大国のお力ぞえを受け、やつらを討伐したいと願っています。

上繚は豊かな土地ですので、領地にすれば国が富み栄えるでしょう。

どうか兵を出し、外から援助をしてくださるようにお願いします」

劉曄は諌めるも、聞き入れられず

劉勲はこの申し出を信用し、孫策が真珠や宝玉などを贈ってきたので、すっかりといい気になりました。

そして部下たちもみなこのことを祝いましたが、劉曄だけは別でした。

劉勲がわけをたずねると、劉曄は次のように答えます。

「上繚は規模こそ小さいものの、城は堅固で堀は深く、攻めるのは困難で、守るのが容易な土地です。

10日で決着をつけられなければ、兵が外で疲弊し、国内の守りは手薄になってしまいます。

孫策がその隙に乗じて我が国を襲撃すれば、残った者たちだけで守り切ることはできません。

将軍は進んでは敵に打ち破られ、退却しようにも、帰るところを失う結果になるでしょう。

もしも軍を出撃させれば、すぐに災難が訪れることになります」

しかし劉勲は劉曄の意見に耳を貸さず、上繚を討伐しようとしました。

すると孫策が予想通りに攻撃をしかけてきます。

劉曄は追い詰められ、曹操のもとに逃げ込みました。

こうして劉曄は曹操の陣営に加わることになります。

なお、劉勲は本拠地を奪われた後も孫策に抵抗を続けましたが、やがて敗北し、こちらも曹操を頼って落ち延びています。

【次のページに続く▼】

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