賈詡 張繡や曹操に仕えて活躍した智謀の士

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朝廷にとどまる

結局その後、李傕と郭汜は決裂し、長安の市中で戦闘を行いました。

すると李傕は賈詡を宣義せんぎ将軍に任じ、自分の元に引き寄せます。

やがて李傕は賈詡に対し、自分の陣営に天子(皇帝)を迎え入れる相談をしましたが、賈詡は「それはいけません。天子を脅迫するのは道義にはずれる行いです」と述べ、反対します。

しかし李傕は聞き入れませんでした。

このため、張繡ちょうしゅく(張済の甥)が賈詡に向かって「もはやここに長くとどまるべきではない。どうして君は去らないのだ?」とたずねます。

賈詡は「私は国家から恩を受けており、義のために背くことはできません。あなたはお行きなさい。私は行けません」と答えました。

賈詡は策謀に長けていましたが、一方では道義を重視する、という一面も持ち合わせていたようです。

李傕の勢力を削る

李傕はこのとき、きょう族(西方に住む異民族)数千人を召喚し、天子の所持品や絹を与え、さらに宮廷に仕える婦人たちを与えると約束して、郭汜を攻撃させようとしました。

羌族はたびたび宮門を訪れて中の様子をうかがい、「天子は中にいるのか。李将軍はわれらに宮人や美女をくれると約束したが、みなどこにいるのか」などと言いました。

献帝はこれをわずらわしく思い、賈詡に対策を立てさせます。

このため、賈詡は密かに羌族の将を呼び集め、豪華な食事をふるまいました。

そして爵位と宝物を与えることを許し、彼らを引きあげさせます。

この結果、李傕は羌族の協力を得られなくなり、衰退していきました。

李傕らが和睦し、献帝は長安を出る

やがて李傕らが和睦すると、献帝は長安を出て洛陽へと向かいました。

しかし献帝が去ると李傕はこれを追撃し、献帝の護衛軍は敗北します。

すると献帝に随従していた司徒の張温、太常の王偉、衛尉の周忠、司隷校尉の榮邵えいしょうらはみな李確に嫌われていたので、殺害されそうになりました。

この時、賈詡が李傕に「彼らはみな天子に仕える大臣です。あなたはどうして彼らを殺害しようとなさるのですか」と諫めたので、李傕は思いとどまっています。

このようにして、大臣たちの身柄が守られたのは、賈詡の力があってのことだったのでした。

こうして献帝が去って行くと、賈詡は印綬(官位を示す印とひも)を返却しており、折り目正しいふるまいに終始しています。

段煨の元に逃れる

この頃、将軍の段煨だんわいが華陰(長安の東)に駐屯していましたが、賈詡と同郷の出身でした。

このため、賈詡は李確の元を離れ、段煨に身を寄せることにします。

賈詡は名を知られた人物になっていましたので、段煨軍の者たちから期待される存在となりました。

すると段煨は内心で、賈詡に実権を奪われてしまうのではないかと恐れるようになります。

それでいて表面では賈詡を立て、しきりに礼遇をしたために、賈詡は不安を募らせていきました。

張繡の元に移動する

董卓の軍閥に属していた張繡は、この頃には独立し、荊州の南陽郡を抑えていました。

賈詡は密かに連絡を取り、張繡と手を結ぶことにします。

すると張繡は人を送って賈詡を迎えにきたので、賈詡は南陽に移動しようとしました。

その様子を見たある人が、賈詡にたずねます。

「段煨はあなたを手厚く待遇していますのに、どうして立ち去るのですか?」

賈詡は次のように答えます。

「段煨は猜疑心が強く、私のことを内心では忌み嫌っています。

礼が手厚くとも頼みにすることはできず、ここにとどまれば、いずれは命を狙われるでしょう。

私が立ち去れば必ず喜ぶでしょうし、また、私が外部の支援者と結びつくことに期待をかけ、私の妻子を大事にするでしょう。

一方で、張繡には参謀がいないため、私を得たいと願っています。

ですからこうすることで家族も私も、ともに安全を保てるのです」

こうして賈詡が張繡の元に移動したところ、張繡は賈詡を手厚く待遇しました。

そして段煨もまた予想した通り、賈詡の家族の面倒をよく見ています。

このように、賈詡は人々の心情を的確に読み取り、身を保つことに長けていたのでした。

【次のページに続く▼】

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