荊州での戦略を提案する
やがて208年になると劉表が死去し、荊州は騒然とした状況になりました。
魯粛はこの時に、孫権に策を述べます。
「荊州はわが国と隣接し、長江や漢水といった大河と、険阻な山と丘陵を備えた、鉄壁な土地柄です。
そして土地は肥沃で、士人も民衆も豊かですので、ここを領有すれば、帝王になるための元手が得られます。
劉表が死んで二人の息子は仲違いをし、軍も二つに割れました。
それに加えて劉備という、一筋縄ではいかない天下の英傑が、劉表に身を寄せています。
劉表はその才能を憎み、十分に働かせることができませんでしたが、もし劉備が劉表の息子たちと一つにまとまるようでしたら、彼らを手なづけて同盟を結ばれるのがよろしいでしょう。
もしも彼らが仲違いをするようでしたら、それに対応すべく、新しい策を練るとしましょう。
どうか私に、荊州に弔問に参るように命じてください。
弔問をしつつ、荊州の将軍たちをねぎらい、劉備には劉表の軍勢の心をつかみ、共同して曹操に立ち向かうべきだと説きつけます。
劉備は喜んでこの言葉に従うでしょう。
もしこれが成功しましたら、天下の平定も可能となります。
急いで向かいませぬと、曹操に先を越されてしまうでしょう」
これを聞いた孫権は、すぐに魯粛を荊州に出発させました。
劉備に会う
魯粛が夏口についた頃に、すでに曹操が荊州に向かっている、との情報がもたらされます。
懸念が的中したため、魯粛は昼夜兼行で急ぎましたが、やがて劉表の次男の劉琮が、曹操に降伏してしまい、魯粛は自分の策を実行できなくなりました。
一方で、劉備は曹操の追撃を受けながらも、なんとか逃げのび、長江を南に渡ろうとしている、との情報を得ます。
魯粛は次善の策として、劉備を迎えることにしました。
そして当陽で劉備と面会します。
魯粛は孫権の意向を伝え、江東はすこぶる堅固なので、曹操でも簡単には手を出せず、呉は頼みになる存在だと述べました。
そして孫権と力を合わせるように求めると、劉備はおおいに喜びます。
その時、劉備の側には諸葛亮がいたので、魯粛は「私はあなたの兄、子瑜どの(諸葛瑾)の友人です」と自己紹介をして、親しい交わりを求めました。
魯粛が孫策の賓客になったころ、諸葛瑾もまた同じ立場にあり、それ以来親しくしていたのです。
諸葛亮と協力して同盟を成立させる
諸葛亮も、曹操と対抗するには孫権と同盟を結ぶのがよいだろうと考えており、そう勧めたので、劉備はいよいよ心を固めます。
そして江夏太守になっていた、もうひとりの劉表の子・劉琦と軍を併せて勢力を盛り返すと、魯粛とともに夏口に移動しました。
魯粛はそこから諸葛亮を伴って孫権の元に帰り、同盟の話を正式に進めることにします。
諸葛亮は孫権に会うと、両者が協力しあえば曹操に対抗することも可能です、と説きました。
魯粛と諸葛亮は、話し合って考えを一致させ、それぞれの相手の主君に、同盟の締結を勧めるように示し合わせたのでしょう。
こうして魯粛は、情勢を大きく変化させることに成功しました。
しかし魯粛と諸葛亮は、それぞれに自分の主君を独立割拠させようと考えており、このためにやがて、袂を分かつことになります。
魯粛はこの時点では、諸葛亮と劉備の思惑に気づいていませんでした。
孫権に開戦を勧める
荊州を抑えた曹操は、その勢いのままに呉をも併呑しようと計画し、東に軍を進めます。
この時、曹操は八十万の軍勢を備えていると豪語し、孫権を圧迫して降伏させようとしました。
孫権が対応を群臣に協議させると、みな曹操を恐れて降伏を勧めます。
そんな中、魯粛ひとりが何も発言しないままでした。
孫権が休憩のために席を立つと、魯粛はその後を追って廊下までついていきます。
孫権は魯粛の気持ちを察し、その手をとって、「何か私に言いたいことがあるのだろう?」とたずねます。
すると魯粛は「先ほどから人々の議論を聞いていましたが、あなた様の判断を誤らせようとする意見ばかりで、ともに大事を図るには足りないものでした。
私たち臣下の立場にある者は、曹操を迎え入れることができますが、あなた様にはそれができません。
なぜならば、私が曹操に従えば、曹操は私の人物評価をして、それなりの地位を与えるでしょう。
そして牛車に乗り、役人や兵士を部下として従え、官位を歴任すれば、いずれは州の刺史や郡の太守(地方長官)にもなれましょう。
それに対し、あなた様は曹操を迎え入れても、人の上に立つ身ですから、落ち着きどころが得られることはありません。
どうか急ぎ曹操との対決を決意され、彼らの議論は用いないでくださいませ」と意見を述べました。
孫権はこれに対し「彼らの主張する意見は、私をはなはだしく失望させた。
いまあなたは大計を示してくださったが、私の考えることと全く同じだ。
これは、天があなたを私に授けてくださったということなのだろう」と言い、曹操との開戦を決意します。
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