于禁 曹操の元で活躍するも、関羽に降伏して評価を下げた将軍

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昌豨の反乱に対処する

昌豨しょうきは徐州の東海郡に勢力を持っていた人物ですが、たびたび曹操に逆らっていました。

このため、曹操は于禁に昌豨の討伐を命じます。

于禁は東海に急行すると、昌豨に攻撃をしかけました。

簡単には攻略できませんでしたが、夏侯淵の支援を受けることで、戦況が有利になります。

昌豨は于禁と旧知の仲だったので、追いつめられると于禁の元に出頭し、降伏を申し入れてきます。

すると諸将たちは、昌豨が降伏したからには、曹操のところに送るべきだと主張しました。

しかし于禁はこれに反対します。

「君たちは公がいつも出している命令を知らないのか。それによると、包囲されてから降伏した者は許さないとされている。法を守り、命令を忠実に実行するのは、人に仕える者が遵守すべき節義だ。昌豨は旧友だが、私は節義を失うわけにはいかない」

このように述べ、自ら昌豨に会いに行き、別れを告げ、涙を流しながら彼を斬りました。

この時、曹操は離れた場所に滞陣していましたが、「昌豨が降伏する際に、わしのところに来ず、于禁のところに行ったのは運命なのだろう」と言います。

曹操は昌豨のことを気に入っており、以前に反乱を起こした際に、許していました。

ですので、この時も于禁を頼ることがなければ、許されていた可能性があったのです。

曹操は于禁の節義を評価し、ますます重んじましたが、于禁にはこのように、融通のきかないところがあったのでした。

史家の裴松之はいしょうしは、包囲されてから降伏した者は許されなかったとしても、囚人として護送するのは違法ではないのだから、旧友が万一の幸運を得ることを期待して、曹操の元に送るべきだったのではないかと述べています。

于禁2

曹操から称賛される

このころ、曹操は上奏文の中で于禁、楽進、張遼らを称賛しています。

「彼らは武力に秀でているだけでなく、計略にも優れ、忠節を備えています。戦いに臨めば常に指揮をとり、武力をふるい、守りの固い敵陣があったとしても、必ず陥落させます。

別軍として派遣されると、軍をまとめあげ、兵士たちをいたわって和を重んじ、命令を忠実に守り、敵との戦いにおいて判断を誤ることがありません。

功績を調査し、働きぶりを記録し、それぞれに顕彰され、恩寵が与えられるべきかと存じます」

この結果、于禁は虎威こい将軍に任じられました。

曹操軍の中核を担う

于禁はその他に、張遼や張郃らが陳蘭ちんらんという賊を討伐した際に、輸送を担当して物資を切らさない功績を立てたため、加増を受けて領地が千二百戸になりました。

このころ、于禁は張遼・楽進・張郃ちょうこう・徐晃らと並び称され、名将であるとして高く評価されます。

曹操が出陣するごとに、それぞれが起用され、進む時は先鋒を務め、帰還する時にはしんがりを務めました。

于禁は指揮するにあたり、態度が厳格で折り目正しく、賊の財物を入手しても、自分の懐に入れてしまうようなことはしませんでした。

このため、曹操から下される恩賞は、特に手厚くなっています。

しかし、先の昌豨に対する態度のように、法を厳格に守ろうとしすぎるところがあり、それによって部下たちを統制したので、兵士や民衆からはあまり支持されませんでした。

朱霊の軍を取り上げる

曹操の配下に朱霊しゅれいという将軍がいましたが、曹操はいつも彼のことを憎んでおり、やがてその軍勢を取り上げることにします。

于禁には威厳があるので、この任務に適任だろうと思い、曹操は于禁に数十騎を率いさせ、命令書を持っていかせました。

于禁はすぐに朱霊の軍営に向かい、その軍を取り上げましたが、朱霊の部下たちは、誰も逆らおうとしませんでした。

この結果を受け、朱霊は于禁の配下の一武将になりましたが、人々はみな于禁を恐れ、服従しています。

于禁はこのようにして、曹操軍の中で重んじられていたのでした。

やがて左将軍に昇進し、せつまさかりを貸し与えられ、独自の指揮権を得るほどの立場を得ます。

これは当時の曹操軍の中では、最高の水準の待遇でした。

そして領地のうちの五百戸が分割され、子の一人が列侯に取り立てられます。

このようにして、于禁は順調に身分を高めていきますが、やがて関羽との戦いによって、運命が急転することになりました。

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